hakoが聞いた実話怪談まとめ

怖い話

ここではhakoが家族・知り合いから聞いた怖い話をご紹介したいと思います。
hakoは霊感ゼロですが、霊感の強い介護士の母や、霊感強いおばちゃんが職場にいる相方など、なんだか怪談を聞く機会が増えてきたので、Twitterだけじゃなくサイトでもまとめてみることにしました。

※以前Twitterにて怪談朗読されている方にフリーで使用していただいて良いと呟きましたが、本日2021年2月21日をもってフリーでの使用はお控えいただきますようお願いいたします。

1.hakoが聞いた実話怪談まとめ

Twitterなど見てくれている方はご存じかもしれませんが、hakoには霊感が段々強くなっている母が居ます。
そんな母が「霊感強くなってきたな…」と思ったのは、介護士の仕事に就き、人の死に直面することが多くなってきてからです。それまで、少しは霊感あるんだなぁ~と思う母でした。
代表的な例として、母の体験談はこんな感じです。

1-1.霊感ある母の怖い話まとめ①家でちっさいおじさんを見る

ある日、母と買い物に出かけ家に帰り荷物を置いて、ふと一息吐いた時、母が悲鳴を上げる。
私「えっなに!?」
母「い、今なんか通った!!」
私「えっ!何通ったの?Gとかじゃないよね??」
てっきり私はG(ゴキブリ)じゃないかと思って慌てて机の上に避難して慌てていると、母は少し落ち着いたみたいで「大丈夫大丈夫見間違いだから!」と言って、買い物の整理をし始めた。
私は母の見た正体が何なのか気になり引き続き問いただしましたが、それでも「見間違い」と言って母は何を見たのか話してくれませんでした。
母はよくこういうことがあったので、私は一旦その日はそれ以上問いたさず片づけを手伝いました。

数日後、リビングでゴロゴロ母とテレビを見ている時、私は母にこの前何を見たのか問うと、母は「見間違いかもしれないよ……」と言って、「ちっさい人・・・・それも、おじさんを見た」と言うんです。
私は以前から「小人伝説」の話には興味があったので、とうとううちの家にも来てくれたか!と思い、嬉々とした表情で母に「どんな感じだった!?」と聞くと、「…なんか、江頭みたいな…ハゲたおじさん……」
その言葉に私は大爆笑!!それまで聞いていた話とちょっと違い、母も私に釣られて笑った。
「本当にそんな感じだったの!…上半身裸で、下は黒のズボンで……何か通った!と思ったら、トコトコトコーってどっかいっちゃったの!」

よく小さいおじさんを見るのは、幸せの予兆ともされているが母にとってはちょっと怖いらしい。
何でも小さいおじさんを見た後は、姉が倒れたり、祖母が倒れたりとまた姉が倒れたり…と悪いことが続いたからだった。

1-2.霊感ある母の怖い話まとめ②線香の匂い

ぱくたそ

PAKUTASOより引用

これは今も日常的にある体験。

病院で人が死ぬのは当たり前なのだが、そこは介護職員では有名なほど「出る」という施設(病院)。
余りにも怪奇現象などが起こり、職員の不安もあったため、何度かお祓いをしているが、一向に効果がないらしい。

母が線香の匂いに悩まされたのは、さらに霊感が強くなった今の施設で働き始めて数か月経ってからだった。
いつも通り施設の職員入口の扉を開けると、鼻を線香の匂いがつく。
なんだこの匂いは…と思いながら、ロッカーに入ると数人の職人が居た。
挨拶をしながらあーでもない、こーでもないと話していても、鼻をつく線香の匂いは変わらなかったため、母は「なんか今日線香臭くない?」と聞くと、職員の人達は「何の匂いもしない」と口を揃えて言う。
ただの勘違いにしちゃあ、あまりに線香臭いなぁと思いながら、介護の仕事をしているとその匂いを忘れていた。

仕事が終わり、職員とお疲れーと言い合いながら車に乗り、ふと気づく。
車の中は線香の匂いがしない。というか、匂いが鼻から消えている。
考え過ぎ、きっと疲れで過敏になっているんだろうと思っていた。

翌日、いつもの職員入口の扉を開け、すぅっと鼻から息を吸ってみる。
今日は匂いがしない……。やはり、勘違いか…。
そう思い作業着に着替え、ミーティングで患者さんたちの現状を把握していると、驚く。
体調は比較的落ち着いていた人が、急変し搬送されたという内容だったのだ。
ミーティングが終わると、昨日「線香臭くない?」と言った職員達が母の元へ寄る。
「昨日の○○さんが言ってた、線香臭いってこれを予言してたんじゃない?」
母は偶然ですよ!さぁ、仕事しましょ!と言った感じであしらったが、内心ちょっと怖くなった。

また、ある日の夜勤の日、職員入口の扉を開けると同時に線香の匂いがする。
なんだか、嫌だなぁ…と思いつつも、いつも通り夜勤の仕事をしていると、ある患者さんが危篤になる。
元々危ない人だったので、特に驚きはしなかったものの、ここ数日間線香の匂いがしなかったのに、何故今日はしたんだろうと思ったという。

結局、その患者さんはお亡くなりになり、母ともう一人がエンジェルケアをしたと言う。

この線香の匂いがする話は、母にも「私おかしいのかもしれない」と相談されたことから知りました。
話の内容としては、線香の匂いは毎日しない、施設に入ると同時に鼻に香る、車・自宅などではしないことから、私は「霊感高まってきてるね(・_・D フムフム」と言いました。
もし、これが続くようで本当に悩んでいるなら精神的な面からもしれないから、一緒に病院に行こうと言いましたが、「でも、あの江〇さんとか、三〇和尚とかも線香の匂いするっていうから、間違いなく霊感だと思うけどね!」と言いました(笑)

因みに、外出先や違う病院では感じることはないんだとか。→こちら、先日祖母(母の母)が亡くなった際、祖母から線香の匂いがしたそうなので、場所関係なく死期が近い人から香るのかなと思います。

1-3.霊感ある母の怖い話まとめ③母、霊にかまわれる

線香の匂いや、小さいおじさん目撃から母はどんどん霊感が強くなっていった。
私としては怪談が好きなので、この上ないほど嬉しいことであったが、実際に体験する母は楽しいもんじゃない。ただ、驚くから嫌だと言っておりました。

線香臭い事件から、母が急に息を飲むような声をあげたり、話をしているのに違う所を見ていたりするのが段々と広まり、施設では【霊の見える○○さん】で有名になってしまったそうです。

母は決して自分からこんなことがあってね…というようなことはする人じゃないので、そこだけわかっていただけると幸いです。
そういう場所でそういう話をすると、元々怖がりの子がより怖がったりするから、何かあっても「勘違い」と言って絶対言わないそうです。(そうじゃないとやってられない)

ある日の夜勤の日も、なんだか今日は騒がしいなぁと思っていたそうです。
ナースステーションでデスクワークをしている時、自分が座っている席の上の電球が急に消えたり、患者さんがいない部屋からカーテンをシャー!!と開ける音が聞こえたり、誰も歩いていないのに廊下をぺたぺたとスリッパで歩く音が聞こえたり……
もう一人の夜勤者も霊感がある方だったので、「今日は騒がしいね……」と言いながらも、ナースコールや徘徊する人がいないかチェックしたり、事務作業をしていました。

見回りの時間が来たため、もう一人のスタッフに見回りいってきますと告げ、懐中電灯を持ちながら真っ暗な病院を歩く。
いくら何年もこの仕事をやっているとは言え、いまだにこの見回りは慣れない母は恐る恐る部屋を見回ります。

認知症の患者さんもいるため、「死んだ旦那がいる」とか「女の子がそこにいる」とかいうのは、口癖のように言うのですが、今日のこの騒がしい日に更に怖いこといわないでよ~という気持ちで軽く受け流す母。
おむつ交換を終え、ナースステーションに帰り仮眠室に近いちょっとした備品室で片付けをしている時、がっと腰をつかまれた母。
驚きながらも後ろを振り返りますが、当然誰も居るはずはありません。
これも疲れている所為と思う反面、「ちょっかいかけんな!こっちは忙しいんだ!」と心の声を大にして見えない何かに言ったと母は言いました。

きっと霊は母がそういうものに敏感なことを気づいているからこそ、ちょっかいをかけてくるんだろうなぁと思うことがあります。
電球が消える件ですが、今時の電球ってLEDじゃないですか。
それを2日前に変えたのに、何故母が座った席の上の電球だけ消えるんだろうとか思いますし、廊下でのペタペタというスリッパの足音も、もちろん誰もいないのは確認しています。
介護施設なので認知症の重症度によって階が分かれているらしいのですが、徘徊が多い人の所には起き上がって転倒する事故がないようにセンサーがありますからベットから起き上がったらセンサーが反応しますし、薄明かりとは言え人が歩く姿ぐらいは確認できますが、それもない。
視界の隅で車椅子が誰もいない部屋に入っていく所も見たと言っていましたので、どうにかして霊も母に気づかれようとして頑張っているようですね(笑)

1-4.霊感ある母の怖い話まとめ④4階からのコール


雰囲気イケメンさんによる写真ACからの写真 より引用

上記のように線香の匂いがしたり、自分の上だけ天井の電気が消えたり、誰も居ないのに後ろから腰を抉られるように引っ張れたりと細かいながら心霊体験がある母なんですが、この前こんなことがあったそうです。

母は介護士でスタッフたちはPHS(携帯より古いタイプ・通称ピッチ)を持たされます。
ある日の夜、患者さんたちを巡回しナースステーションに戻ろうと思った時、ピッチが鳴る。
しかし、出るとツーツーと鳴り、既に電話が切れていた。

ピッチの履歴を見ると、母が居る「4階」から電話がかかってきていた。
同じ階のスタッフから呼び出されることはあったので、ナースステーションに戻りスタッフに「何かあった?」というと、母が電話を取ったのだと思ったという。

「え?電話は4階からかかってきてるよ」というと、
その場に居たスタッフが誰もかけていないと言う。
それでは、他の階のスタッフがかけてきたのかと思い、
1階から3階までのスタッフに電話をかけてきたのかと聞くと、誰も4階に電話をかけていないという。
施設に勤めているスタッフは、母が霊感が強いことは知っていたため、不気味さを感じつつも仕事を続け、その日は何事もなく仕事を終えた。
次の日、出社するとあるスタッフが母に駆け寄った。
何事かと聞くと、昨日の電話のことらしい。

「昨日○○さんが帰った後、4階の患者さんが急変して、そのまま搬送先でなくなったらしいですよ!!怖い!!」と言う。
母はあぁ、今から亡くなることを伝えてくれたと思ったという話。
因みに、その日も線香の香りはしていたということでした。

1-5.霊感母の勤めている介護施設のスタッフが経験した話


cyou99さんによる写真ACからの写真 より引用

介護施設によると思うのですが、母が勤めている介護施設ではで患者さんが体調が急変すると、大きな病院へ搬送するという流れとなっていました。
ある日、緊急搬送した方がいました。名前は鈴木フミエさん(仮名) しかし、緊急先の病院で息を引き取ってしまいます。 帰りはタクシーで帰るため、タクシー会社に電話をし病院まで来てもらいました。
タクシーが来たので、車に近寄るとタクシーの運転手が「予約していた、佐藤フミエさんですよね?」と言ってきました。 電話では、介護施設の名称・自分の名前しか言っていなかったので、そうタクシー運転手に伝えた。
その際に、救急隊員と搬送元で患者の名前を確認し合うのだが、「佐藤フミエさんですね」と言われた。 職員は「いや、鈴木フミエさんです」と答えると、「あ、すみません。鈴木フミエさんですね」といった。
救急車から病院に着き、病院の看護婦に受け渡す際も「佐藤フミエさんですね?」と言われ、また「いえ 、鈴木フミエさんです」と答え「あ、ごめんなさい。鈴木さんだったね」と言われる。 そして、帰りのタクシーでも「佐藤フミエ」という名を言われる。
「そんなことがあったんです…これって何なんですかね?」とスタッフが霊感が強いことで有名な母に言ってきたという。
母は「もしかしたら、旧姓が佐藤なんじゃない?」と冗談半分で言いながら、カルテを調べてみると、旧姓が佐藤だったことが分かった。

「○○さん、何で分かったんですか…」と言いながら青ざめる職員。

母親は「偶然!偶然!」と言いながら、偶然にしてはそんなに重なるものかと思ったと言っていた。 「きっと自分の家(実家)に帰りたかったんじゃないかな」と母は言っていた。

1-6.母だけが見た景色


OFFさんによる写真ACからの写真 より引用


母の勤めている施設はとても出るそうで、お祓いも何回も行っているそうですが、一向に改善しないそうです。
これは、ある日の昼間、患者さんをお風呂に入れた時のこと。

患者さんのお風呂が終わり、数人のスタッフと共に掃除をしていた時、バタン!!!という音と共に窓が開いた。
母が居たのは3階。お風呂場の外にはベランダなし。
窓は押すタイプではなく、障子タイプ。しかも、大人でも開けるのに相当な力がいる。

その場に居たスタッフが、「あの窓が勝手に開くはずない!!」と怖がっていたので、母は「気のせい気のせい!早く終わらせよう」と言いながら、その場を去りました。
部屋を出るとき、忘れものがないかと部屋を見ると、
洗濯物を干すピンチハンガーってありますよね。

こういうやつです。


このピンチハンガーの1個の洗濯ばさみが動いている。
風か何かで動いているのだろうと思い、
一旦部屋に戻り、その洗濯ばさみの動きを抑え、
また部屋を出ようとそのピンチハンガーを見ると、
また1個だけゆらゆらと動いている。

さっき、窓が開いたといい、風も吹かないのに動いている洗濯ばさみ、それも2~3個ならまだしも、1個だけ動いている。
あぁ、ここにも誰かがいるんだと思いながらも、
スタッフには何も言わずにその場を後にした。

1-7.亡くなったお祖母ちゃんに纏わる話

Twitterなどの呟きをご覧いただいている方はご存じかもしれませんが、2020年2月5日に母方の祖母が亡くなりました。
その際に色々な体験を親戚・霊感のある母がしていたので、ちょっと読みづらいかもしれませんが祖母の生きた証として読んでいただけますと幸いです。

霊感のある母は6人兄弟。昭和の貧しい時代に生まれた母と兄弟はそれはとても貧しい生活をしていたと言います。
原因は父である祖父の自営が失敗したことで借金が重なり、それを取り返すように祖父母は共働きで、毎日子供たちだけで家事や育児をし合う日々…時には借金取りの罵声に怯えた日々もありました。
自販機の下は勿論のこと、近所のお祭り後には必ず小銭が落ちていないか兄弟で探したり、貧乏あるあるを全て味わってきた母ですが、祖父母は誰1人養子や親戚に預けることなく6人を立派に育て上げました。

そんな祖母にとんでもない病が襲っていたのを知ったのは、10年も前のこと。
ある日、祖父が祖母が「財布がない盗まれた」「庭に龍がいる」など幻視、幻聴が始まり、認知症と診断されました。
当時まだ若かった祖母は暴力を奮ったり、優しい祖母の口から暴言を聞いた時には子供ながらにショックだった半面、「病気になってしまったから仕方ない」と思っていました。
引き続き認知症は精神科の枠でもあるそうで、祖母は暫く精神科に通い、一時は閉鎖病棟に入院していた時もありました。
一向に治らない病気…しかも、逆にどんどん悪くなっていく祖母の様子に兄弟たちはどうしたものかと悩んでいた時、あるテレビを見て祖母の症状に該当し、もしかしたらと藁をも掴む気持ちで精神科に。
最初は真剣に取り合ってくれなかった病院側でしたが、母を含め兄弟たちは「絶対この病気に違いないですから検査をして下さい」と何度も何度も病院側にお願いしたそうです。
病院側としては実際に祖母の症状を目の当たりにすることがなかったため、嫌々ながらも検査に応じた結果、母たちが思っていた病気だと判定されました。

その病名は「インスリンノーマー」です。※詳細はこちらからご覧ください。(MSD マニュアル家庭版>インスリンノーマからご覧ください)

簡略化して病症を言いますと、膵臓の病気で低血糖の時に気絶しそうになったり、頭痛や錯乱状態になると言った非常に稀な病気で、東北大学病院で「今後の医療のために、お母さまの手術内容や過程を記録したい」と言われたほど酷く病魔が体を害していました。

この何十年自分達は何も気づけず何をしていたんだろう…母を含め、兄弟たちはそう思ったそうです。
何十時間に及ぶ大手術、しかも臓器の殆どを摘出しなければいけない手術に当時もう高齢だった祖母の体が持つか、医師も分からないと言われた時の絶望感は今も忘れられません。

手術のために祖母が入院していた時のこと、まず一つ奇跡的な出会いがありました。
祖母には兄がおり、そのお兄さんは蕎麦屋さんをしていてお金がない妹の子供たちにいつもご馳走をしてくれていたそうです。
また、家も近くお互い親が共働きのため、従妹同士で親が帰ってくるまで寂しさを埋め合うように遊んでおり、本当に兄弟のような存在だったと言います。
しかし、借金取りに追われていた母たちは家を転々とし、いつしか従妹・ましてや祖母の兄との連絡さえしなくなりました。

ある日、母が東北大学病院に入ろうとした所、入り口から3人の女性たちが出てきました。
特に何も思わなかった母ですが、段々と近づくに連れもう一度顔を見ると、あちら側もこちらを見て、「「「ちょっと!!!あんた!!!」」」といった具合に、何十年ぶりかの再会を果たしたのです。
母は祖母がインスリンノーマで今度大手術をすること、今までのことを涙ながらに語り、お互い一生懸命頑張ってきたよねと慰め合ったと言います。
そんな中、母はふと疑問に思ったことを従妹に聞きました。
「で、あんた達は何でここに居たの?」
すると何と驚愕の事実が…実は祖母の兄も丁度東北大学病院で手術をすることになっていたのです。
母と従妹は「これは兄弟の縁だね」「お父さん(祖母の兄)、美恵子おばさんのことずっと気にしていたから…」とまた涙をしたと言います。

祖母も祖母の兄も無事に手術を終え、何十年ぶりかの再会を従妹同士とても喜び、何よりも祖母の兄はこの再会に心から感謝していたと聞いたことがあります。

そんな従妹たちとの再会に、「何かあった時は絶対連絡しようね」とお互いになったそうで、祖母の手術後もこまめに連絡をしていました。

祖母の手術は大成功し、ずっと誰が誰なのか分からなかった状態から一気にクリアになり、一時は親戚一同で旅行にいくほどの回復を見せました。
しかし、高齢+長い間誤診をされ続けた結果、段々と認知症の症状が悪化していき、ここ数年で祖父以外分からない状態になっていきました。

そんな日々の中、ある日私は金縛りにあいました。(金縛りはしょっちゅうです💦)
いつも金縛りにあうと黒い人影が部屋に入ってきて、私の傍をうろうろするのですが、その日は仏壇の方で何人かがざわざわ話し声がするという現象で、「うるさい!!」と言った記憶があります。

そんな日の夜に、母から突然のLINEが来ました。
「おばあちゃん、もう危ないかも…明日でも良いので来れますか?」
私は「明日じゃなく、今から行くよ」とLINEをし母の家に行きました。
詳細を聞くと、母は介護士で仕事に行く前は必ず祖母の様々な様態を確認してから行くのですが、その日は血圧や心拍数・息の粗さもあり、兄弟たちのLINEに「危ないかもしれないから、様子を見にこれる人は来て」と言った所、夕方に容態が急変→救急車で運ぶことになったという経緯を聞きました。
そして、母は「最近ずっと線香臭いんだよね…お祖母ちゃん、そろそろかな…」という言葉に、
「あんなに大変な手術を乗り越えたお祖母ちゃんだから大丈夫だよ!」と励ましつつ、就寝に就きました。

翌日、私は母より遅く起きると母が開口一番「お祖父ちゃんが人魂見たって」と言うのです。
「どういうこと?」と聞くと、祖父が寝ていると金縛りにあい3つの人魂が天井に漂い、一つになったかと思うと、祖父めがけて飛んできたというのです。
高齢だし白内障もあるため、私も母もただの夢だよねと口を合わせたものの、祖母に対する不安は募るばかりでした。

祖父と叔母が祖母を見守っている中、病院側からも「もう今日、明日持つか持たないかの状況です」と言われ、慌てて叔母3人と私で葬儀会社を回りました。
葬儀会社が決定し、色々な手続きを終え、一旦母と叔母たちは喪服を持って来るために病院を離れました。
介護士をしている叔母3人は祖母の表情や脈、息の粗さなどを見て「もう本当に危ないかもしれないから今の内に色々用意しないと」と言って一度病院を去りました。

病院には、祖父と祖母と私だけ。
祖母は天井を見つめていましたが、私の顔を見ているのか分からない状態でした。
また、息も絶え絶えで急に呼吸が止まったと思い、「お祖母ちゃん!お祖母ちゃん!」と肩を揺らすと、はっとしたように息をする行動を繰り返していました。

私は祖母の冷たく細くなった手を握りながら、心の中で『お祖母ちゃん心配しなくていいよ。葬儀屋さんも決まったし、お金の心配もしなくていいよ。皆ちゃんとやってくれるからね。叔母ちゃん達も今は居ないけど、すぐ帰ってくるからそれまで頑張ってね。ちゃんと帰ってくるからね待っててね』

若い時から祖父の借金や、姑・小姑問題、そして6人を育て上げた祖母の人生は、本当に波乱万丈と言った人生だったのです。
きっとお金の心配を一番しているだろうと思った私は、何も心配しなくて良いよと何度も繰り返すように祖母に心の中で語りかけました。

ふと看護婦さんがオムツ交換をするので外でお待ち下さい、と言われて私は待合室で待っていましたが、お爺ちゃんは部屋のすぐ外で待っていました。
片時も傍を離れたくないというお爺ちゃんの気持ちが伝わってきて、私はお祖母ちゃんがお爺ちゃんが本当に大好きな事を子供の頃に聞いたことを思い出し涙ぐんでいました。

オムツ交換が終わり、中に入り引き続き母を含め兄弟たちが駆け付けるのを待っている時も、祖母は何度も息が止まりました。
その度にまた肩を揺らし、声を掛け、息を吹き返すような感じが続きましたが、少し落ち着きお爺ちゃんも眠り始め、私も船を漕ぎそうな時に、また息が止まりました。
また肩を揺らし、息をしているものの浅く、天井を見つめていた眼球が白目になり、ついに息が止まった時、看護婦さんが丁度病室に入ってきてくれ脈を図ってくれました。
お爺ちゃんと私が看護婦さんの言葉を待つ中、「…もう脈も図れないくらい弱いです…声はまだ聞こえますので、声を掛けてあげてください。私は主治医を呼んでまいります」と言われました。
お爺ちゃんは「…呆気ないもんだぁ…死んだのか…」と椅子に絶望するかのように座り、私は急いで母と叔母たちに電話をしました。
電話先で息が止まったこと、もう脈も図れないことを言うと母は泣き始め、「お母さん事故らないようにだけ来て!!」と言ったことを覚えています。

実は母は私達子供が巣立ったら、両親を看取ることが使命のように感じており、実際祖父母と一緒に住み、祖母の介護を一番していました。そのため、悲しみも他の兄弟より一番あったはず…

私には兄・姉がいるのですが、どちらにも連絡をした時、3人の女性がお祖母ちゃんの病室に入ってきました。
以前より母からは大学病院で出会った従妹たちの話を聞いていたため、私はきっと従妹の叔母さん達だと悟り、病室に入り「○○の次女のhakoです」と自己紹介し、「本当に今さっき息が止まったばかりで…もう脈も図れないということで…今、母を含め他の叔母さん達も向かっています」と告げると、従妹の叔母さん達は「どうして…もう少し待っててくれても良かったじゃないの美恵子おばちゃん」と涙してくれました。

その後は余り良く覚えていません。次々に来る叔母や母の悲しむ姿を見た時、私は本当にとても悲しくなりました。今まで泣いた姿を見たことがない母の「待っててっていったじゃん!!お母さん!!」と言葉と泣き崩れる姿は今でも脳裏に焼き付いて剥がれません。

私は今まで父方の母の葬儀は参列したことはありましたが、死後どういった段取りを取るのか全然しりませんでした。
祖母は亡くなった後、すぐに病院から葬儀屋に運ばなければいけなくなり、その日は葬儀会館で母・私、祖父・叔父と寝ずの番をしました。
祖父と叔父は1階のお祖母ちゃんと一緒に、私と母は2階の大部屋で寝ていました。
私は元々寝つきが悪く、金縛りも毎日のようにあるため睡眠薬を飲んで寝ているので全然気づかなかったのですが、朝起きると「お祖母ちゃん昨日来たよ」と母が言うのです。

深夜ふと目が醒めて、私が寝ていいることを確認し、母が亡くなったことを改めて悲しみに飲み込まれそうな時、1階から誰かがゆっくりと昇ってくる音がしたといいます。
弟(私からして叔父)か祖父が何かあって昇ってきたのかなと思いましたが、それにしてはゆっくり過ぎるなと思いつつ、母は階段の昇る音に耳を澄ませていました。
とん、とん、とん…と本当に一歩、一歩がやっとのような感じで昇ってくると足音が、母と私が眠っている大部屋の扉の前で止まったというのです。
母はよっぽど扉を開けて「待っててって言ったでしょ!って言いたかったけど、やめたんだ(笑)」と話してくれました。
母に「その後どうなったの?」と聞くと、「お爺ちゃんは下だよ!寝なさい!」と言うと、何かいる気配がふっと消えたと言いました。

その後、枕経→通夜・葬儀の各担当決めで私は叔父と一緒に受付を担当することになったのですが、何せ6人兄弟+孫+ひ孫+6人兄弟のそれぞれの会社のお偉い方が来るというプレッシャーに耐えられず、お祖母ちゃんが亡くなってから殆ど食べられず、通夜・葬儀の色々な細かな事をやっていたため殆ど2~3時間しか寝られないでいたためか、受け付けのリハーサルで体調を崩してしまい、2階で暫く休むことになりました。
恥ずかしながら現在うつ病闘病中で、当時の私には受付のやる仕事さえできない自分が本当に愚かに感じずっと2階で泣き、通夜にも出られない状態でした。

通夜は母の姉の旦那さんや、従妹たちが協力をして下さり無事に事が進んだことを知ったのは夜になってから。私は母に病院に行くか、実家に帰るかと聞かれ、病院は嫌だったので実家に帰ることに。
当時、姉と姉の甥っ子3人が母と泊まるということで、私は後ろ髪惹かれながらも実家に帰りました。
実家に帰っても考えることは、お祖母ちゃんの通夜・葬儀をちゃんと最後まで見届けられなかったことばかり…自責の念に暫く食べられず、眠れない夜が続きました。

暫くそんな日々を過ごしており、私を心配した母が母の家で泊まりに来るように誘ってくれました。
ちゃんと通夜・葬儀は終えられたこと、私が作った資料や葬儀で流す音楽など本当に皆褒めていたよ、という言葉に少し救われました。

そして、「あんたが帰った夜、またお祖母ちゃんが来たんだよ」と母が言ってきました。
詳細を聞くと、最初は祖母の遺体がある1階で母と甥っ子長男が眠っていたけど、甥っ子が「恐い」と言ったため、2階で姉と甥っ子3人で寝ることにしたといいます。(祖父・叔父は一旦家に帰っていた)
そのため、1階には祖母の遺体しかありません。
しかしながら朝になり、母が起きてお線香をあげに1階に下がると下の画像のように甥っ子長男の靴が1階から2階に上がる途中にあったというのです。

【実際に母が撮影した写真】

母は怪談好きな私に少しでも気分転換にと、靴を動かさないまますぐ撮影したと言います。
撮影をし、遺体がある1階にいる祖母の遺体に「祖母ちゃん、昨日も来たんだね」と言いながら線香をあげていると、2階から「お母さん!」と姉の金切り声が…
あぁ、あの靴の現状を見たんだなぁと呑気に思って急いで駆けつけると、顔を真っ青にした姉が2階の階段の一番上に居たといいます。
「お母さん、なにこれ!?お母さんがやったの!?」
「やるわけないでしょ…お祖母ちゃんだよ…昨日甥っ子長男トイレ行く時スリッパで2階のトイレ行ってたのお母さんみたし…」
「うん…だって甥っ子長男は怖がりだから、実家で夜でも1階のトイレは絶対行かないの…それにずっと会館にいる時はスリッパ履いてたし…」
「うん、だからねお祖母ちゃんだよ…爺ちゃん探しに2階まで来たんじゃないかな?甥っ子長男にはそれとなく聞いてみるから、これは戻しておこうね」

そんなやりとりをし、朝ご飯を食べている時に母は甥っ子長男にそれとなく、昨日トイレは2階に行ったか?スリッパで行ったか?と尋ねると、「2階だよ1階怖いもん。スリッパで行ったよ?ママにスリッパにしなさいって言われたから」とあっけらかんに語る甥っ子長男。

通夜・葬儀の会館は基本親族者のみしか宿泊しないんです。(葬儀会社にもよると思いますが)
だからといって、わざわざ写真のようにわざと怖がらせるようなことをできるほどの悪戯心もない甥っ子なんです。
真実は分かりませんが、私もお祖母ちゃんがお爺ちゃんを探しに来たのではないかと思っています。

その後もお祖母ちゃんがふと現れて不安そうな顔で消えたとか、夢に出たなどの出現情報がありますが、初盆も終わり最近ではめっきりお祖母ちゃん出現情報は減りました。
享年84歳のお祖母ちゃんの人生はとても大変で辛く苦しい時期もありましたが、一番大好きなお爺ちゃんと最後の最後まで一緒に居れたことは唯一の幸せなことだったと思います。

父方の祖母は厳しく、母の実家が借金まみれなことを知り、お金のために結婚したんだろうと言われるほどいびられ、子供からすれば母を虐めるいじわる祖母ちゃんだったので、いつも優しく甘えさせてくれる母方の祖母が大好きでした。
怪談和尚として有名な三木大雲さんが、「死に顔が真っ白な方は来世はいい来世になる」と言っていたのですが、納棺師の方が生前のように本当に綺麗にお化粧をしてくださって、枕経~通夜~葬儀を務めていただいた和尚さんも、「こんなに人が集まる方というのは、最近では本当に珍しく、本当に故人の方のお人柄が伺えますね」と言っていただき、お祖母ちゃんの来世はきっといい来世になることを心より願っています。

最期にここまで読んでいただいた方には、身内の死をネタにしてと思われる方もいるかもしれません。
しかし、私はこんなお祖母ちゃんが居たことを多くの方に知って欲しいという思いで書かせていただきました。
纏まりがない文章ですが、お祖母ちゃんの冥福を祈っていただけるだけで幸いです。

1-7.母、患者さんに霊感を感じ取られる+患者さんが体験した話 NEW

2.霊感強いおばさんが職場にいる相方から聞いた実話怪談

相方とはかれこれ10年近くの付き合いで、hakoが大の怪談好きっていうことを知っていましたが、今まで怪談に興味を示したことがありませんでした。
相方の言い分としては「怪談にはオチがない」のが今いちなぁ~って所らしいです(笑)

しかし、長年付き合っている内に「お前がそんなにハマっている怪談というのを聞かせて」というようになったり、職場に非常に霊感の強いおばさんと出会うことになったり…私が怪談を体験してみたいのに、私の周りでそういう事象がよく起きています。

今回は相方の職場にいる霊感が強いおばさんが相方に話してくれた怪談をお聞かせいたしましょう。
上記でも書いたように、相方は怪談に興味がありません。(でも、UMA・UFOは信じてるので、怪談も最近興味を持ち始めました)
また、怪談が怖いという概念もあり、余りそういう話は聞きたくないと言っていたのですが、霊感の強いおばさんは従業員が具合悪いとかオーラで何となく分かるらしく、体の具合だけじゃなく、初対面でも「この人は信用できるかどうか」が何となくオーラで分かる人みたいなんです。
普段から「よっぽど俺が死ぬ!やばい!つて時以外、そういう話はしないで」と懇願しているらしいのですが、相方が勤めている職場で実際に相方が体験した話です。

2-1.霊が集まる場所?相方の職場


ヘンリー3世さんによる写真ACからの写真 より引用(写真はイメージで本件とは関係ありません


仙台にはいくつか商業施設がある。
その商業施設で働いてる相方から聞いた話。
ある日、働いているパートのおばさんと霊感ある?という話になった。
相方は霊感はおろか、そういう話は苦手と言った。
おばさんは「そういうタイプね」と言いながら、こんな話をしてくれた。

その商業施設のある従業員トイレは幽霊が出ることで有名だそうだ。
おばさんも他の人同様、従業員トイレを使った。誰もいなく使用しているのは自分だけ。
すると用を足していると、隣から女の子のすすり泣く声が聞こえる。
いつものことだ、とおばさんはトイレを後にした。
その後も何回か隣のトイレから女のすすり泣く声は聞こえていたが、一番近いトイレがそこなので我慢して使っていた。
ある日、派遣の女性がこんな質問をおばさんにしてきた。
「今、誰かトイレ行っていましたか?」従業員トイレといっても、限られた店舗のものしか使わない上、そこは出ることで有名だったのでトイレに一番近いその店の従業員ぐらいしか使っていない。
おばさんは誰も行っていない、と答えると、誰かが泣いていたと答えた。
「だから、ここは出るんですよ」と言われ、本当か?と聞くと、「トイレの用具入れの個室を見てみて下さい」という。「なんで?何があるの?」と聞くと「見ればわかります」と言われた。
相方は男性だが、男子トイレもきっと同じだと思うと言って、おばさんは仕事に戻った。
男性はその何かを調べに男子トイレに入る。元々男性職員が少ない施設。暗い雰囲気は感じつつも、ゆっくり用が足せるトイレはなんにも感じなかった。
トイレの一番始めの扉、モップやバケツがおいてある用具入れの扉をあける。
しかし、そこには何もなかった。
いや、あった。
お札だ。
用具が色々かかっているので、分かりづらいがお札が貼ってあった。
「見れば分かる」ということは、そういうことかと、相方はそそくさにトイレを後にした。
各県に心霊スポットはありますが、この話は本当にやばいと思うので、具体的な名前などは控えさせていただきます。

2-2.霊感おばさん2


Free-PhotosによるPixabayからの画像より引用

そんな日頃からよく霊や、人のオーラ的なものが見える霊感おばさん。
若い時もこんなことがあった。

やっとガラケーが普及し始めたころ、ある日2件の不在着信が入っている。
誰だろうと画面を見ると、仲の良い母方のおばさんからだった。

しかし、時刻を見て驚く、夜中の3時にかかってきていた。
何か体調でも崩したのかと思い、折り返し電話をすると、おばさんが元気な声で電話に出た。
ほっと安心し、「どうしたの?」と聞くと、おばさんは「何が?」と聞く。

「いやいや、不在着信2件も入っていたから、電話したんだよ」というと、おばさんは「電話なんかしてない」という。
「でも、ちゃんと着信履歴も残っているし」と言うと、「ちょっと待って。私も見てみる」と言い、一回電話を切った。
数秒後、すぐにおばさんから電話がかかってくる。
「ねぇ…私かけてないんだけど…」
「え?でも私の着信履歴には残ってるよ?」
二人は一時的な故障ということにして、その日は電話を切った。
そんなこともあるものなのかなと思いつつも、霊感おばさんは日々を過ごす。
そして、またある朝に携帯を見ると、またあのおばさんからの着信が2件。
これは本当に何かあったのかもしれない、と思いすぐ電話すると、おばさんが元気な声で出る。
「ねぇ、また電話かけてきたでしょ?」というと、おばさんは「かけてない!かけてない!」という。
「本当?ねぇ、本当に携帯会社に見せた方がいいかもよ」と言い、その日も電話は故障が原因と考えた。
しかし、また電話がかかってくる。
こんなにも頻繁にかかってくるのは、故障以外考えられなかったため、霊感おばさんはお店に携帯の修理を強く勧めた。

霊感おばさんには弟が居るのだが、ある日弟に会った時、なんどなく淀んで見えた。
オーラと言ったらまた違うんですけど、と霊感おばさんは言うが、どうにも弟の具合が悪いそうだった。
それでも、弟に直接「あんたなんか淀んでるから気をつけなさい」とも言えず、霊感おばさんは「ちゃんと食べて、病院に行きなさい」といった。
しかし、その二日後弟さんは急遽なくなってしまった。
それで全てが繋がったと、霊感おばさんは言う。
これは「気をつけなさいよ」と誰かが教えてくれていたということだった。
霊感おばさんは弟さんにもっとちゃんと言えばよかったと後悔していた。
しかし、それだけでは無かった。
その一週間後、霊感おばさんの実の母も急遽亡くなってしまった。
それから、霊感おばさんは不在着信が入ることがあると、誰か身の回りの人が危険だという知らせなんだと思うようにした。

2-3.霊感おばさん3 2020年9月11日

このお話しは2020年9月11日に、職場に霊感が強いおばさんがいる相方から実際に聞いたお話しです。

霊感おばさんが仕事帰りいつもの道を車で通っていると雨が降ってきた。
今年最大と言われた台風の波がこちらにまで来ているんだと思いながら、暗い夜道をライトを照らし走行していると、道路にカッパと半ズボンを着た30代ぐらいの男性が立っていることに気付く。
最初は「なんだこの人?」と思っていたが、その人が裸足なことに気付き、「え、ちょっと怖い」と思い、カッパを着た人を蛇行しながら走行した。
しかし、後続車を見ると後続車は普通に走行している。
「あ、やっぱりまた幽霊見ちゃったんだ」
そんな風に思いながら帰宅すると、一本の電話が叔父が亡くなったとの訃報だった。

数日後、葬式に行き、葬式後の団欒の中で遺族の方が生前の叔父のアルバムを渡してくれた。
余り接点のない人だったものの、あるページを見て霊感おばさんは手が止まる。
そこには数日前に暗い雨の夜、道路の真ん中に立っていたカッパと半ズボンを着た男性の写真が。
その人を見た時、『どこか昔めいた茶色のカッパを着ているな』と思ったことを思い出しながら、何故裸足だったことが分かった。
背景は海。きっと雨の日に海に来た思い出のまま、霊感おばさんの前に報せに来たんだと思ったんだそうです。

そんな話を葬式が終わった後に、相方に話す霊感おばさん。
「本当にそういうのってあるんだな」と相槌を打ちつつも、「でも、この前も見ちゃったんです…」と霊感おばさんが言葉を続ける。
「仕事終わっていつもの道を走っていると、道端にうずくまったおばあさんが…実は、○○市でコロナウイルス出たじゃないですか?あれ、息子が勤めてる会社で…」
「えっ!?マジで?」
「でも、息子は経理担当でコロナに罹った方とは接触していないですし、工場なので除菌とか凄いんですけど…」
「えっ!?濃厚接触者にならないの?」
「会社の方にPCR検査を受けたいと言ったみたいなんですが、まずはコロナに罹った工場の人達が優先らしく…検査も受けられないみたいで…なので、今日から2重マスクでお願いします」
「するけど…怖いね…」
「はい…私も不安です…」

そのお婆さんも霊感おばさんだけは避けるように走行したそうですが、後続車は避ける素振りさえせず普通に走ったらしいです。

 

2-4.霊感おばさん2人目がまだ居た時のはなしNEW

 

相方から聞いた話。相方は飲食店勤務で、職場で働いている霊感おばさんがいるっていう話は以前したと思います。 その霊感おばんさんが、相方が今のA店舗担当になる前、実はもう一人同じように何かが視える方が居たと聞いたところからこの話は始まるんですが…

今相方が居る職場で働いている霊感おばさんをAさん。そして、Aさんと同じように視える方をBさんとします。 元々相方が居るA店舗は「出るというか、施設自体が元処刑場だったのではないかと噂があり、幽霊マンションも近くにある場所なんですが、よく二人で変な物を見るとB「見えました?」

A「うん。いつもの子だね…」B「あの子本当に何でここにいるんでしょうね」A「なんでだろうね」というような会話は日常会話のような感じで話す感じで、冷やかしや嘘ではなく視えてるもの色、顔、男性か女性かも全部合致するので、唯一AさんはBさんを自分と同じように視える人なんだ、ということで、二人の間で不思議な絆があったそうです。 そんなBさんが女性の霊がすすり泣く声がするトイレで用を足していた所、突然女の子の声で「足気をつけて」といわれる。

聞いた事もない幼い女の子の声。Bさんはいつものことだと思いながらも、とりあえず足には気を付けていてその日を過ごしたんですが…その日、会社から支給される通称コックシューズと言われる靴のソールがベリッと剥がれ、危うく全て怪我をしそうになった。

Bさんは「足気を付けてって…このことかなぁ…ソールが全部取れるって…」と思いながらも、女の子の姿は見ていなかったため、余り気にせず次の日も出勤をする。 休憩時間、昨日同様トイレで用を済ませていると、「指気をつけて」と女の子の声がトイレの個室の向こうで聞こええる。

Bさんは昨日のこともあったけれど、自分が包丁を握ることはなかったため、余り気にせず過ごしていたんだとか。 その日はとにかく忙しく、Bさんも指には気を付けながらも皿洗いをしていると、突然厨房の奥から包丁が落ちた音がした。
飲食店はお肉を提供するのですが、コックさんが「ごめん!包丁落としたから綺麗なの持ってきて!」とBさんに言い、Bさんが慌てて包丁がずらりと並ぶ包丁入れの扉を開けた瞬間、指先に痛みが。慌てて勢いよく扉を開けたかもしれないが、何故が包丁の先が指に刺さり、パックリ指先が切れた。「ちょっとまだ!?」と厨房の奥から包丁を急かす声にはっとし、指を抑えながら綺麗な包丁を渡したんだそうです。

そんな日々が続いていたので、BさんはAさんに「女の子が毎日のように忠告するの…悪い霊じゃないと思うんだけど…」と話すと、Aさんも「Bさんから悪い感じは受けないから…多分大丈夫だと思うけど、警告はちゃんと聞いた方がいいかもね」と話しをし、視える者同士で少しBさんは安堵したそうです。

 

翌日。連日の警告、そして昨日は怪我。なんだか警告をされているのか、それとも霊の女の子が悪い事をしているのか…でも、Aさんも悪い霊じゃないと言っていたし…とBさんは悶々としながらも、トイレに行く。
『今日は何を言われるんだろう…』と思いながら用を足していると、いつもの声で女の子が「くるまきをつけて」と言う。Bさんは「車…事故にでも遭うっていうこと…?これはまずいかもしれない…」と思い、旦那さんに迎えに来てくれないか電話する。
旦那さんは「車があるんだから、自分で帰ればいいじゃないか」と言われ、Bさんは先ほどあったことを言うと、旦那さんもBさんが視える人ということは知っていたので少し悩んだらしいですが、「ごめん。どうしてもその時間には迎えに行ってあげれない仕事があるから。バスとか使って帰って」と言われ、Bさんは絶望。 そのA店舗仙台市からは遠く、車じゃないと通勤は無理でバスも数本しかなくタクシーでは高いので、Bさんは悩んだ挙句、同じ霊感視える人に先ほど女の子に言われたことを相談する。
A「車に気を付けてね…あのね、今日Bさんいつもと雰囲気違うから言おうかどうか迷ってたんだけど…その女の子もそういうなら、今日は車は置いてバスと電車で帰るしかないと思う」と言われ、Bさんは嫌々ながらも車を職場の駐車場に置いたまま、バスと電車と徒歩で無事に家に到着をした。
車で帰る分には疲れないが、慣れないバスと電車と徒歩で疲れ果て茶の間でお茶を飲んでいると、息子が帰ってきて、Bさんの顔を見て一言「母ちゃん大丈夫だったの!?」と言う。B「何が?」と聞くと、息子さんはテレビのチャンネルを変えた。
「これ見て!」と言われてニュースを見る。寒い東北の冬の時期。ニュースにはBさんがいつも通る通勤路で玉突き事故が起きていて、6台以上ほどの車が事故に遭っていた。 「母ちゃんいつもこの時間に帰るだろ?だから、大丈夫だったのかなと思ったら車ないし…」と言われた。
Bさんは少し女の子が怖く感じた。足、指、車…次は…悪い霊ではないけれど、確実に危険性が高くなっていることに恐怖を覚えてその日は眠りについた。 しかし、それから数日間女の子の声は聞こえなくなった。
Bさんは忠告の声がないだけで良いと思っていたので、何もない日常のなかレジ閉めを一人でしていると、ふっと誰かいない店舗に人の気配を感じた。その方向を見ると、少し古い感じの洋服を着た女の子が自分に向けて手を振っている。
Bさんは一瞬疑問に思い、「どうしたの?」と女の子の霊に声を掛けたが、女の子は相変わらずBさんに向けて手を振り続け、そして「じゃあね」と言ってふと消えてしまった。消えた瞬間、どこかで見たことあるような女の子だなぁと思いながら、その日は帰宅する。
B『どこかで見た事あるような気がするけど思い出せないなぁ…でもじゃあねってことは、もう悪いことは起きないのかな…』そう思っていると、Bさんの携帯に着信があり、慌てて出ると実の妹が今しがた亡くなったという訃報の知らせを聞き愕然とする。
Bさんは悲しさと驚きで一杯になりつつ、通夜・葬儀などの日にちを泣きながら書き留め、一旦電話を切った。 死んでしまった…それも突然に…なんで…と思う気持ちと同時に、Bさんは押し入れの扉を開いた。

押し入れには古びたアルバムがあり、自分の若い頃の写真や、旦那と付き合っている時の写真、結婚式の写真、そして息子が生まれた時の写真や成長していく写真があったが、Bさんは必死で違うアルバムを探していた。
古びたアルバムを開くと、自分の幼少期。そして、父・母の写真が貼ってある。懐かしさと、今しがた実の妹が亡くなったショックに涙が流れていると、「見つけた」

そこには、1人っきりのレジ閉めで「じゃあね」と手を振り続けていた女の子が居た。洋服もまったく同じ。姉妹がカメラに向かって笑顔を振りまいていた。 数日前、Bさんに警告をし続けていたのは亡くなった実の妹だった。
Bさんは感謝してもしきれないという思いと、亡くなってしまった事実に大粒の涙と嗚咽が止まらず、古びたアルバムには涙でびしょ濡れになってしまっていた。 通夜・葬儀を済ませ、BさんはAさんにこう言ったそうだ。
『私たち見たいくないものが視えると怖い事や、良い事に遭わないし、悪い霊に引き込まれそうになる時もあるけど、私視えてよかった。妹の最後の姿を見れたから。これからもきっと悪い霊もいるんだろうけど、視えてよかった。』と言った。AさんもBさんに同情し、二人で泣いたそうだ。
相方は元々は怪談やスピリチュアル的な物は全然信じていないし、鼻で笑うような人だった。しかし、Aさんから聞いたこの話を聞いたり、Aさんが「今日、○○さん気分悪いですよね」と的中されたりしているので、「世の中には本当にそういうものがいるんだなぁって思ったんだよ」と言ってくれた。

 

3.霊感あり?よく行く美容師Sさんが体験した怖い話

https://pixabay.com/ja/より引用pixabayより引用

これは、相方が良く行くある美容師(男性)Sさんが体験した話です。

そのSさんは、宮城のある高校に一年間行っていましたが、まぁまぁやんちゃだったから中退しちゃったんです。
でも、「高校ぐらいは出てくれ!」と親に頼まれて、宮城の石巻という地域の高校に編入しました。
元々住んでるところがその石巻という所からほど遠い場所のため、毎日通うのは大変だし親元を離れたいっていうのもあって寮に住むことにしたんだそうです。

寮と言っても立派じゃなくて、1階は寮を運営してる老夫婦が住んでて、2階が4部屋あるような2階建ての古い寮で、まぁなんか…嫌な感じはしたけれど、仕方がないなと思いながらいよいよ寮に住むことになりました。

初日は老夫婦には挨拶程度で、若さというのもあって特に他の人にも挨拶せず、引っ越しの荷ほどきをし、その日は寝ました。
部屋はドア→リビング→ベッド→窓みたいな順で、ベッドは窓際にくっつくような感じの配置です。

夜ふっと目が覚めて、翌日遅刻しないように枕元に置いてた目覚まし時計見たら午前2時頃。
Sさんはうつぶせで寝る人なんだそうですが、「なんだ…目覚めたな…」と思ってたら、後ろから人の息づかいが聞こえ、ドンッという鈍い音がする。

『え、なに?』と思ってたら、明らかに後ろに人のいる気配を感じる。
(誰?誰?)って思っていると、その人が何か言っているんだそうです。
最初声が小さすぎて、ごにょごょって何か言ったあとに、ドンッ、またごにょごょって言ったあとに、ドンッの繰り返しだったそうですが、どうやら「ちくしょう」って言っている。

Sさんは怖くて怖くて、もう自分に(夢だ夢だ夢だ!消えろ!消えろ!消えろ!)って思ってたら、いつの間にか朝になっていたんだそうです。
あぁ…初めての環境だし、引っ越しとかあって疲れたのかな…とか若かったから、学校に行っても誰にも昨日あったことは話さなかったんだそうです。(やんちゃだったのでナメられるのが嫌だったらしいです)

学校が終わり、夜になり、昨日のこともあって嫌だなぁーと思いながら、うつぶせで寝てたらまた目が覚める。目覚まし時計を見るとまた同じ午前2時過ぎ。
(うわぁ…まただわぁ…)って思ってると、また「ちくしょう」って言ったあとに、ドンッと音がする。
(怖いわぁ…)と思いながらも、ちょっと興味心もあってその幽霊を見ようと思い、うつぶせで寝てたから、窓側側に向けていた顔をゆっくり反対方向に、腕はうつぶせの顔の下に重なるようにしていたから、それを少し動かしつつ、腕の間から目をそちらを向けると、作業着を着ているおじさんがあぐらをかいて座っている。
そして、ドンッって言う音は、太ももを拳で叩く音で、またちくしょうって言っている光景が見えたんだそうです。

(うわぁー本物の幽霊!!)って内心思いながら恐くなり、ただ寝返り打ってますよという感じで体と顔を元の位置に戻そうとしたら、「ちくしょう…ドン」っという音が止んだんだそうです。
(あれ、居なくなった?)と思ったら、ズッズッズッて音がする。
何の音だと思うと、どんどん気配が近づいているのを感じる。
(うわっこいつ俺の方に向かって来てる!)と思ったら怖くて、怖くて、ぎゅーって目を瞑るSさん。

後ろでズッズッズッ、(怖い怖い怖い!)っ思ってたら、その幽霊がSさんに覆い被さるように上に乗っかってきて、耳元で「出てけよ」って言われて、その人恐怖が最高潮になり気を失うようにいつの間にか朝になっていたそうです。

覚えてるのは低い中年のおじさんの声と、耳元で言われた時に、少し重なった油っぽいベタっ…という感触。これは、夢ではない、本当に幽霊だと思いながらも誰かに言うとか、部屋を変えてくれとは言えなかったそうです。

そんな恐怖体験をしたため、Sさんはその日の夜から部屋の電気を全部点けて、テレビもつけっぱにして寝ると、何とその日からそのおっさんは出なく、暫く普通の学生時代を過ごすことができたそうです。

寮生活ですから、他の部屋に住んでる人ともなんとなく仲良くなり、一人だけ3年生が居て、卒業して寮出るから送別会みたいな感じでその人の部屋で4人集まってまぁ飲み会みたいな感じでワイワイして色々話しているなか、先輩の部屋が空くからSさんは先輩にこんな相談をしました。

Sさん「先輩の部屋空いたら俺使っても良いですか?」
先輩「ん?まぁ、別に良いけど、何で?」って質問されので、体験したことを言おうかなと思いましたが、「んー、まぁーちょっと…」って濁してたら先輩が「もしかして、おっさん出た?」って聞かれる。
「え!どうして知ってるんですか?!」と聞くと、「お前の前にさ、住んでたやつが言ってたんだけど…」ってこんな話してくれてたんだそうです。

Sさんの前に住んでた人は、先輩と同級生で、ギターが好きで、夜もアンプに繋いでギター弾くほど。
でも、他に住んでる人も皆学生だったし、まぁうるさいけどそんな気にしない人たちばっかりたったんだそう。

でも、その同級生がある日寮突然「寮出てく!!」って言って、「何で?」って聞いたら「おっさんが出る!!」って言うんだそうです。
「は?なにそれ?」と聞くと、夜にギター弾いてたら、ギターの音が出なくなった。(なんだよ!)と思い、アンプいじろうとしたら、アンプからおっさんの声で「うるせぇよ」と声がした。
でも、この同級生…何か電波とかが混線しただけだろうと思い、特に気にしないでそのままギターをジャガシャガ弾いてたら、またアンプから音がしなくなる。
「またかよ!」と思いながら、一回コンセント抜いてさそうと思ったら、アンプから「おい、聞こえてんだろ。うるせぇよっておっさんの声がしたから、もう俺実家から通うわ」っていう話があったんだよねーというのを聞いて、すぐSさんは先輩がいなくなってから部屋を移動したんだそうです。

寮はその当時でも古かったし、老夫婦もまぁまぁ年老いてたし、3.11の震災とかもあり(石巻は海沿いです)、その寮が今もあるのかはちょっとわからないんですけどねーっと言われたらしいのですが・・・・

このSさん、宮城でも有名な自殺橋(八木山橋ではないです)でも何にもないところで転んで怪我したりとか、「なんかちょっかい出されてるんですかねー」って言っていたりするので、今後も何かありましたお話したいと思います。

私もこの話についてもっと詳細を聞きたい!なんなら、髪切りに行きたい!と言ったら「やめて」と普通に言われたので謎が残る部分はあるかと思いますが、今後も何か怪談話を聞かせて貰ったらいうよ、と言ってくれたので、その都度更新いたします。

3-1.美容師Sさんがお客さんから聞いたヒトコワ/人怖話


KoalaParkLaundromatによるPixabayからの画像より引用

コインランドリーの経営をしているおじさんが最近怖い体験をした。
コインランドリーは見た目楽そうに見えるけど、「何かあったらこちらに電話してください」の電話は、経営者であるおじさんが受けている。
コインランドリーは楽そうに見えるが、何かあったらこちらに電話してくださいの電話は、そのおじさんが出る。
業者に委託することも可能だが、毎月数十万かかるのでしないという。

電話は本当にしょっちゅう鳴り、奇声を発するだけの客はもちろんのこと、毎回お金を入れたのに、機械が動かないという客もいる。(防犯カメラでもお金を入れるフリをするが、お金を入れていないのは機械ですぐ分かるので、顔を覚え防犯カメラの写真で撮影し、従業員に共有することで回避)
そんな中、こんな女性客がいた。
その女性は洗濯物を機械に入れると、ずっと終わるまで洗濯機の中を見ている。
一見気味悪そうだが、他の客に迷惑をかけたことや、従業員に言いがかりをしたこともないので、きっとちょっと障害を抱えている子なんだと思っていた。
ある日の朝型、従業員のおばちゃんと経営者のおじさん二人で掃除をしていた。
するといつも来る洗濯機を見ているだけの女が入ってきて、洗濯物を入れて、中を見つめる。
あぁ、いつも来る子だなぐらいで掃除をしていると、急にその女性が自分に襲い掛かってきた。
しかも、ナイフも持っていた。おじさんは必死で女性を取り押さえ、おばさんに警察に通報するように言った。

警察が来て、そしてその女の両親も来た。
その両親がいうには、コインランドリーの近くにある大きな病院の娘で精神を患わっていること。
そして、最近攻撃的になっているので、私たちも注意していたが、その目を盗んで病院を出て行ってしまったこと。
娘はコインランドリーが好きで、洗濯したよというのに洗濯しにいくことなどを言われた。
経営者のおじさん、そして従業員のおばさんは命に別状なく、怪我もしなかった。
「8つもコインランドリー経営しているけどね、一番そういうのが大変っていうか…怖いよね…」と語ったそうです。

4.hakoが経験した話(夢・不思議・ただ怖い体験)

hakoはまったく霊感がありません(笑)
小さい頃は、実家が霊みたいな分からないものが良くいたので(母が言うには)、誰かの視線を強く感じたり、嫌な夢を繰り返し見たりという経験はありました。
上記の様に、霊感がないhakoが経験した話・あれは何だったんだろう?繰り返し見る怖い夢について語りたいと思います。
ださい。

 

4-1.怖い実家

PAKUTASOすしぱくより引用

両親が離婚し母親と一緒に暮らし→父親と一緒に今住んでいるんですが、実家は昔はとても怖かったんです。
何で怖かったかというと、小さい頃よく同じ夢をみました。
夜トイレに行こうと2階から1階の階段を下りる。
一番最後の段に日本人形が置いてある。
その人形の頭には角が生えていて、踏んだらダメと思うのにそれを踏んで死ぬ。という夢。
小さい頃はその夢が怖くて、一番最後の段を飛んでいつも階段を下りていました。
また、よく人の視線を感じました。
勉強している時に、後ろから。それは家族全員でした。
きっとご先祖様が見守ってくれていると、母は教えてくれましたが、それでも怖かったのです。
あと、実家で体験した怖い話は、夕飯を終えた姉が2階にある自室に向かい階段を登ろうとした時、絶叫が聞こえました。
階段でも踏み間違えたのかと思い、家族全員で見に行くと、姉は階段下の廊下で階段上を見て震えているのです。
母が何事かと聞くと、「生首!!」と言って蒼白な顔をしていました。
姉に詳細を聞くと、階段を登ろうと階段上をふと見ると落ち武者のような生首が見えたといいます。
その時、姉は受験勉強で頑張りすぎていた所があるので、きっと疲れのせいだとその場は納まりました。

実家には「鬼門の部屋」と呼ばれる部屋があります。

ま、そのまま鬼門の方角にある部屋なのですが、その部屋を兄が使用していた時。
ある日、「俺、幽霊見たわ」といった兄。
いつもの冗談だと思うと、夜目覚めると金縛りにあった。
目は開けたので周りを見ると、白い人影が立っていたとのことです。
鬼門の部屋は、現在hakoの部屋になっております。
元々、昼間でも日光が余り差し込まない暗い部屋なので家族が勝手に嫌なイメージを作ってしまったかもしれませんが…
母は霊感があるのですが、この前父がいなかったので、飼い猫のムーを見に実家に来た時、「あ、なんかいないね」と言いました。昔はやっぱり何かが居る気配はしていたみたいで、実家暮らしをしているhakoは心底安堵しました。
霊感レーダー母が居てよかったw

4-2.うさぎの人形


ぴよっこりさんによる写真ACからの写真 より引用

昔不思議なことがあったので共有します。
私がまだ幼稚園ぐらいの時、母が運転する車で買い物に行った帰り、事故にあいました。
いっても自爆みたいなもので、母が運転していた車が電柱に突っ込む形になり、丁度助手席と運転席の間に電柱があったことは覚えています。
母が叫ぶように心配する声を何となく覚えていますが、まぁ事故のショックで気を失い、目が覚めたら病院でした。
奇跡的に母も私も軽症で済み、車は大破・電柱は折れ曲がるという形になりましたが、警察の方も奇跡と言っていたそうです。
そして、私はあることに気づきます。
私は大好きなうさぎのぬいぐるみをその頃は肌身離さず、どこにでも持っていっていたのですが、病室にないのです。
母に聞くと、事故にあい救急車に運ばれる時も探したんだけどなかった。
もしかしたら、お巡りさんが持ってくれているかもしれないねとその場は収まりました。
私が退院し、数日後母は私の部屋を掃除しようと思い部屋に入り、ドキリとしたといいます。
警察に事故現場や車内になかったうさぎの人形がそこにあったからです。
父に「うさぎの人形あったの?」と聞いても知らないと言う。
私も母も事故の直前までうさぎのぬいぐるみを私が持っていたという記憶はあったので、少しゾッとしたといいます。
そして、数日後うさぎのぬいぐるみは姿を消しました。
そもそも私は母が「うさちゃんあったよ」と渡してくれたので、本当はそんなことがあったことを大人になってから知りました。
「あの人形だけは不思議だったな…あんたあの人形本当に好きだったからすごい探したけどなかったし、警察の人もないっていうし、お父さんも知らないっていうし…
きっと大切にしてくれたから、あの人形が守ってくれたんじゃないかな…」と言っていました。
確かに子供ながらに、腕に持っていたうさちゃんのことははっきり覚えていて、暫く手元になかったのに、戻ってきた時は少し不思議に思いました。
あのうさちゃん、本当にどこにいったんだろう…

上記の何話かついて、マンモーさんとコラボさせていただくことになりました!
つたない話し方ですが、hakoの怪談をお聞きいただけますと幸いです。

4-3.秋田県のとあるロッジ

あれは、hakoがまだ小学生にも入っていない20年以上前のことだったと思います。
hakoには、お兄ちゃん・お姉ちゃんが居て、夏休みになると両親が東北6県、旅行に連れて行ってくれました。(hakoは宮城生まれ)
秋田県のとあるロッジに泊まった時の話なんですが、昼間はロッジの自然豊かな場所で兄妹3人で散々遊んで、夕食を食べ、そして就寝することにしました。

お兄ちゃんとお姉ちゃんは、当時「おしゃれ」なイメージだったロフトで眠ることにし、私はまだ小さかったので両親が眠っている寝室で一緒に眠ることにしました。
最初は一人のベットで眠っていたんですけど、初めての場所ということもあって心細くなり、私は母が寝ているベットに潜り込み、母と一緒に眠ることにしました。
『やっぱりお母さんと一緒だと安心するなぁ』と思いながら、私はすぐ眠りについたのですが、夜中の2時過ぎ頃にドンドンという鈍い音で目覚めました。
『なんだろう…』と思いながら、耳を澄ませると私達が泊っているロッジの扉を誰かがドンドンと叩いているんです。
私はすぐに隣で眠っている母を揺り起こし、「お母さん、誰か外にいる…扉を叩いているよ」と言うと、母はすぐに起きてくれ、ふと時計を見て、「こんな真夜中に?…誰だろう…何かあったのかな…ロッジの管理人さんかな」と言いながらベットを抜け出し、扉に向かって行きました。
お母さんが扉に向かうまでの間も、定期的にドンドンと誰かが扉を叩く音がしていました。
お母さんが扉の前で「どちらさまですか?」と扉の向こう側に居る誰かに問いかけましたが、返事はなく、ただドンドンという音だけが響いていました。
そして、母がロッジの扉の鍵がガチャと開ける音がし、木の扉を開く音がしました。
私はてっきりロッジの管理人さんかと思っていたので、会話が始まるのかと思ったのですが、母はしーんとしているんですよ。
そして、ロッジの扉を閉めて、階段を下がっていく音がする…
『あれ、お母さんどこ行くんだろう…』と思いながら、私はベットに横になりながら、お母さんが帰ってくるのを待ちました。
数分経ってお母さんがロッジの階段を上がり、そして扉を開け、鍵を閉めて、寝室に戻ってきました。
私は「お母さん、誰だったの?」と聞くと、お母さんは「誰もいない」と言いました。
「え、どういうこと?」と言うと、お母さんは「いいから、寝なさい」と言って、私を寝かしつけました。

これは大人になってから、ふとあの夏のロッジのことを思い出して母に聞いた時に、母が話してくれたんですが…
「あぁ、あのロッジね…確かに、あんたに起こされて扉に近づくまでの間、ずっと誰かが扉を叩く音は聞こえていたし、振動もしたんだよね…でも、扉を開けても誰もいなくて、お母さん怖くなったの。
でも、周りのロッジの人が悪戯でもしてるんじゃないかって思ったら腹が立ってね、だから外に出て行ったの。
でもさぁ、あのロッジって自然に囲まれてたけど、大きい木とかなかったし、夜だったから小さいライトが点いてたから、もし誰かが隠れてたら分かるはずなんだよね。でも、誰もいなかった…
それに、もし仮に誰かの悪戯としてもさ、隣と隣のロッジの距離が結構あったから、走って自分のロッジに戻ることも不可能だと思ったんだよね…それに気付いたら余計怖くなってね、だからあんたには何も言わなかったの。
それに、あんたたちには見せてないけど、あのロッジの部屋で撮った写真に魂みたいな、オーブ?みたいなのが結構映っててね…それに、子供たちの写真の中で1枚だけあんたの写真に赤い炎みたいなのが、体全体を覆っていてね…まぁ、怖くて捨てちゃったんだけど…」
結局、母も私も、あの夜ロッジの扉を叩いていたのは何だったのか…分からないんですよね。

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